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高市早苗の家系図がすごかった!実家や家族構成についても調査!

2021年秋におこなわれる、自民党総裁選に出馬予定の高市早苗さん。

女性初の首相候補として注目を集めていますが、その家族に注目が集まっているようなんです。

今回は、高市早苗さんの家系図について、調査しました!

高市早苗の家系図がすごかった!

高市早苗さんは、1961年に大阪府で誕生しました。両親と弟の、4人家族のもと、生まれ育っています。

高市早苗さんの両親は政治家なのかと思いましたが、まったく関係ないそうです。

元旦那である山本拓さんが、政治家系だったようですね。

高市早苗さんは2004年9月、衆議院議員の山本拓さんと結婚しており、2017年7月に離婚して世間を騒がせました。

元旦那さんとの間には子供はおらず、旦那さんの連れ子とともに暮らしていたようですね。

そのため、血縁関係がないながらも、家系図としてはかなり子だくさんということになります。

高市早苗さんの父親・高市大休さんは、メーカー勤務のサラリーマンでした。ごく普通の一般企業だったようですよ。

そんな父は、高市早苗さんが政治家になってから、資金面でサポートしていたそうです。

キッチンのテーブルの上に父からの手紙が置いてありました。「俺の退職金は、選挙費用の足しに全部使ってよい。イライラせずにやれ。自信を持って!握手とお辞儀を忘れるな。気楽にやれ。」
女性自身より引用

なんと、父親は、自分の退職金を全て、高市早苗さんの政治資金に当てたのです。

その支えもあり、無理だと言われていた選挙も、32歳のときに見事初当選を果たしています。

高市早苗さんは、1993年の第40回衆議院議員総選挙で初当選となっていますが、当時無所属だったので、当選の可能性ゼロと言われていたんです。

後援会長にも見放されそうになったときに、父がサポートしてくれたんですね。

そんな父は、2013年、79歳のときにこの世を去ってしまいました。

高市早苗さんの母・高市和子さんは、奈良県警で勤務する刑事でした。2018年8月、86歳でこの世を去っています。

高市早苗さんは2016年に、「医療機関の電波環境の整備」に着手していますが、今は亡き母からヒントを得たそうです。

高市早苗さんの母親は生前、救急搬送先で一命をとりとめましたが、入院した病室とナースステーションが遠かったそうです。
なんと、心拍数や呼吸数の情報を送る「医用テレメータ」の電波がナースステーションまで届かないという事が起きました。この出来事をヒントに医療現場の環境改善に着手しました。
女性自身より引用

そして、高市早苗さんの弟は、6歳年下の知嗣(ともつぐ)さん。

弟はもともと、自民党本部職員だったのですが、途中から高市早苗さんの秘書になっています。

しかし、2003年に高市早苗さんが衆議院議員選挙で落選し、一時期は無職になってしまいます。

2021年現在は、高市早苗さんの元旦那である山本拓さんの事務所「山本拓事務所」にて、政務秘書官として働いています。

高市早苗さんが政治家になるため仕事を辞め、実家に戻っていることを知った弟さんは、その政治活動を手伝うために仕事を辞めて、実家に戻ったのだそうです。

ちなみに、弟を山本拓事務所の秘書に雇ったことがきっかけで、高市早苗さんと山本拓さんの交際がスタートしたそうです。

高市早苗の実家や家族構成についても調査!

高市早苗さんの元旦那は、自民党議員の山本拓さんです。

2004年9月に結婚し、2017年に離婚しています。

2人の出会いは2003年、高市早苗さんが衆議院議員選書に落選したときでした。

高市早苗さんの弟が再就職したのが、山本拓さんの「山本拓事務所」でした。

元旦那も衆議院議員なので、高市早苗さんとは古くから面識がありました。

しかし、最初はお互い良い印象を持っていなかったそうです。

夫となった人は、山本拓という福井2区選出の衆議院議員です。同じ清和会(森派)所属ですので、当然古くから面識はあったのですが、割と無愛想な人で、どちらかと言えば苦手な相手でした(夫の方も、「性格きつそうな女性だなあ」という悪印象を持っていたことが最近になって判明)
sanae.gr.jpより引用

2004年、意見交換をする場において、高市早苗さんは「良い人いたら紹介してください」と、結婚の話をしていました。

そのとき山本拓さんは参加していなかったのですが、「真剣に結婚相手を探しているのであれば、僕もバツイチなので立候補しますよ」とプロポーズします。

そして1週間後、高市早苗さんはプロポーズを受け、ほぼ交際期間がなく結婚しました。

しかし、2人は2017年7月19日に離婚したことを発表しています。

離婚理由は、お互いの政治的スタンスの違いが大きく、政策活動に専念するためだったそうです。

しかし、家庭内でも政界でも、高市早苗さんの立場が上だったことも関係あるようです。

家庭内では、山本拓さんは料理が苦手だったものの、結婚時の契約条件として料理を作らせたそうです。

また、山本拓さんは“嫁が大臣だから自分はなれない”“嫁が主で俺が従だからつらい”と愚痴をこぼしていたそうです。

高市早苗さんも、周囲から『女房が入閣しているから夫が大臣になれない』『女房は一歩下がるべきだ』と言われることに嫌気が差していました。

これらのことが積み重なり、それが原因で離婚に至ったのでしょう。

高市早苗さんが山本拓さんと結婚した際は、すでに43歳という年齢でした。出産は可能ですが、高齢出産となって、危険性も伴われます。

実は、高市早苗さんに子供ができなかったのは、理由があります。

2007年に高市早苗さんは自身のブログにて、「出産をするのが難しい体」というのを明かしていました。

あまりにも私的な事で恐縮ですが、残念ながら私の身体は、婦人科の病気で手術をしてから妊娠や出産が困難な状態にあるようで、子供を授かることを切望しつつも諦めた次第です。(血は繋がらないものの素直でかわいい息子や娘が居りますので、十分に幸せですが)。
引用元:高市早苗コラム

過去に病気になったことが原因で、出産出来ない体になってしまったようですね。

そのため、高市早苗さんと山本拓さんの間に子供はおらず、代わりに、山本拓さんの連れ子である3人とともに生活していたようです。

長男の山本建さんは、現在福井県で議員をしているようですよ。そして、高市早苗さんは、3人のお子さんを養子にしたという情報が流れています。

結婚するとき、連れ子を養子縁組するかどうかは、選択性だそうです。

高市早苗さんと山本拓さんが結婚したとき、山本建さんは20歳でした。すでに成人していますし、経済的にも問題ないので、継子(ままこ)ではないでしょうか。

山本建さんはすでに結婚していて、お子さんもいらっしゃいます。高市早苗さんも、「おばあちゃんになった」と話していました。

46歳で「おばあちゃん」になったことに少々ショックを感じつつも、電話を切った後、嬉し涙が溢れました。出産予定日を過ぎても誕生する気配のない長男夫婦の子供のことを案じながら過ごしていましたので、ホッとしました。
sanae.gr.jp/columnより引用

長男の息子は13歳になっているので、大きなお孫さんがいるのですね。

また、姉の涼子さんも妹の杏子さんも、お子さんがいるので、高市早苗さんは計4人の孫がいるのですね。




まとめ

今回は、高市早苗さんの家系図ついて、紹介しました。

両親は政治関係の仕事ではなく、サラリーマンと警察官という家庭に育っていました。

政治家の山本拓さんと結婚した際に、連れ子が3人いたそうで、すでにお孫さんもいるようですね。

これからの活躍も楽しみですね!