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松田聖子と神田正輝の馴れ初め!結婚から離婚までの経緯を時系列でまとめてみた

伝説の歌姫・松田聖子さんと、俳優の神田正輝さんといえば、世紀の大物夫婦として知られていましたよね。

すでに離婚し、別々の道を歩んでいる2人ですが、馴れ初めについて改めて知りたい!という人も多いと思います。

今回は、松田聖子さんと神田正輝さんの馴れ初めについて、調査しました!

松田聖子と神田正輝の馴れ初めを時系列でまとめてみた

松田聖子さんと神田正輝さんといえば、芸能界きっての大物カップルとして注目されていましたね。

そんな2人が出会い、結婚して離婚するまでの経緯をまとめてみました!

1.出会い(1984年)

2人が出会ったのでは、1984年11月。映画「カリブ・愛のシンフォニー」の制作発表会があり、撮影のため2人はメキシコに向かっています。

松田聖子さんは当時、交際中だった郷ひろみさんとの将来に悩んでおり、その心労がたたってロケ中に倒れてしまいました。

そんな松田聖子さんを心配して、神田正輝さんがお見舞いにいったことで、交際に発展します。

松田聖子さんは、神田正輝さんと初共演をする前から、郷ひろみさんと交際していたのですが、2人の恋愛にはなにかと障害がありました。

結婚前提で交際していたのですが、1985年1月には松田聖子さんが単独記者会見を開き、「生まれ変わったら一緒になろうね」と、号泣しながっら破局を報告しました。

郷ひろみさんは、結婚したら家庭に入って欲しいと思っていたのですが、松田聖子さんの両親は娘にトップアイドルを続けてほしいと願い、そのギャップが埋められなかったようです。

2.交際へ(1985年2月)

映画「カリブ・愛のシンフォニー」は1985年4月に公開されましたが、松田聖子さんと神田正輝さんの交際は、2月に報道されています。

神田正輝さんは松田聖子さんと交際していた時期に、自ら命を絶った岡田有希子さんとも関係があったと噂されていました。

神田正輝さんと松田聖子さんの結婚のため、石原プロの社長・石原裕次郎さんが動いたという説もありました。

松田聖子さんは神田正輝さんと映画の撮影終了後に交際をスタートさせ、1か月もしないうちに結婚することとなりました。

3.結婚(1985年4月)

夫婦供に熱愛の話題があったということで、この結婚にはすさまじい注目が集まっていました。

石原プロは過剰すぎるともいえる宣伝効果があり、4月には婚約発表、6月には、東京都目黒区サレジオ教会で結婚式というスピード結婚となりました。

2人の結婚は、「聖輝(世紀)の結婚」と呼ばれ、なんと10時間にも渡る結婚式と披露宴の様子がテレビ放送されました。

平均視聴率は34.9%を記録し、歴史的な日となりました。

4.神田沙也加誕生(1986年)

松田聖子さんは、1986年に長女・神田沙也加さんを出産します。

その後、松田聖子さんはアメリカ進出のためしょっちゅう渡米しており、1988年にはニューヨークで交通事故に遭ったと報道されます。

この際神田正輝さんに連絡したのですが、神田正輝さんが浮気していたという噂もありました。

親子3ショットを見せ、仲睦ましい様子がうかがえたのですが、結婚から12年後の1997年には、離婚することとなってしまいます。

5.離婚(1997年)

2人の離婚理由は、松田聖子さんの度重なる不倫といわれています。

最初の不倫相手は、近藤真彦さん。松田聖子さんがアメリカ進出を目指していたころ、1989年2月に近藤真彦さんとニューヨークで密会している様子が「フライデー」されます。

ニューヨークのホテルのラウンジで、2人が寄り添っている姿が撮られたのですが、たまたま会っていただにも見える写真だったので、致命的なスキャンダルには至りませんでした。

松田聖子さんは自分の泊まっている部屋でも近藤真彦さんと密会していたそうで、なんとその場で神田正輝さんに電話もしていました。

しかし、松田聖子さんの所属事務所「サンミュージックプロダクション」の相澤秀禎社長がスキャンダルを防ぐため、控えめな写真を掲載することで合意したようですね。

さらに、松田聖子さんは英会話講師・ジェフニコルスとも不倫していました。

1990年、松田聖子さんは全米進出のため、本格的にニューヨークに拠点を移していました。

1994年には、松田聖子さんとジェフニコルスさんのプライベート写真が流出し、3年以上も不倫関係が続いていることが暴かれたのです。

同年、ジェフニコルスさんは、2人の出会いから別れまでを暴露した「真実の愛」を出版しました。

翌年にも「壊れた愛」を出版され、松田聖子さんと結婚の約束をしていたのですが、急に振られてしまい、その腹いせに暴露本を出版したようですね。

松田聖子さんが帰国した際は、神田正輝さんと松田聖子さんはツーショットで報道陣の前に現れ、夫婦円満をアピールしていました。

しかし、翌年にはバックダンサーのアラン・リードとも不倫関係になり、またもや暴露本を出されてしまったのです。

報道陣から、「ジェフ君を訴えますか。」と問われると、神田正輝さんが答えようとするも、松田聖子さんにもの凄い勢いで手を引かれ、去って行ってしまいました。

そして、1997年に2人は離婚することとなります。

6.離婚後

神田正輝さんとの離婚後、松田聖子さんが36歳の時に、6歳年下の歯科医師・波多野浩之さんと再婚します。

2人は娘の神田沙也加さんが通っていた世田谷区の歯科医院で出会い、交際わずか2ヵ月でスピード結婚となりました。

当時、松田聖子さんが「ビビビっときた」と発言したため、”ビビビ婚”が流行しました。

しかし、わずか2年半で結婚生活に幕を閉じ、2000年12月には離婚しています。

波多野さんはアメリカに留学してしまい、すれ違いが生じたためのようです。

ただ、松田聖子2000年6月にリリースしたアルバム制作に携わっていた、原田真二さんとの不倫疑惑もあったのです。

原田真二さんは疑惑を完全否定しており、アルバムのジャケット撮影をしにハワイに滞在していたところ、アメリカ同時多発テロ事件が起こって缶詰になっただけとのことでした。

そして、松田聖子さんは50歳の2012年6月に、口腔外科医の河奈裕正さんと再再婚しています。

2人は2010年、知人の紹介で出会い、2012年1月頃から交際がスタートしています。

出会いはフジテレビの診療所で、松田聖子さんが番組収録中に歯の痛みを訴え、診療所に行った時の担当医だったそうです。

当時妻子ある身だったそうですが、松田聖子さんに夢中になってしまい、略奪婚だったようですね。

松田聖子さんのコンサートには、荷物を持ってサポートする旦那さんも見られていましたが、世田谷区の豪邸には、旦那さんの姿が目撃されていないという情報もありました。

しかし、現在まで離婚は発表されていません。

まとめ

今回は、松田聖子さんと神田正輝さんの馴れ初めについて、紹介しました。

映画の共演で運命的な出会いをし、わずか2か月でスピード結婚となった2人。

松田聖子さんの度重なる不倫や、すれ違いによって破局してしまったようですね。