芸能人

眞栄田郷敦が岡山県の高校へ進学したのはなぜ?高校時代のモテエピソードがやばかった!

眞栄田郷敦さんといえば、父が千葉真一さん、兄が新田真剣佑さんという芸能一家のサラブレットでも知られていますね。

兄弟そろってイケメンで演技力も高く、今後も期待される俳優さんです。

そんな眞栄田郷敦さんは、岡山県の学校に進学していたようですね。

今回は、眞栄田郷敦さんが岡山県の高校へ進学した理由について、調査しました!ぜひ最後まで御覧ください。

眞栄田郷敦が岡山県の高校へ進学したのはなぜ?

眞栄田郷敦さんは、幼少期をアメリカで過ごし、両親の離婚がきっかけで、京都府京都市左京区に移り住んでいます。

このエリアは、京都市街地~山間部で、平安神宮など歴史的建造物が多く、観光客も多い場所です。

眞栄田郷敦さんは、小学6年生までアメリカで過ごした後に、中学生から母親の出身地である京都に住んでいます。

最初は日本での生活に慣れなかったようですが、趣ある京都の雰囲気に、だんだんと慣れていったようです。

眞栄田郷敦さんは、京都の公立校である修学院中学校出身です。

修学院中学校は、京都府京都市左京区にあるので、地元の学区内に通っていたのですね。

母親のタマミ・チバさんは、京都で売れっ子舞妓となり、千葉真一さんと出会って結婚しています。

ロスで幸せな家庭を築いていましたが、離婚後、眞栄田郷敦さんを連れて地元で細々と暮らしていたようです。

タマミ・チバさんは、舞妓さんとして頂点を極めた方なので、京都には深い思い入れがあります。

そんな環境で、息子を育てたいと思ったのでしょうね。

眞栄田郷敦さんは小学生時代に極真空手を習っており、アメリカでおこなわれた『全米体重別空手選手権』で、準優勝に輝いています。

当時から運動神経抜群だった眞栄田郷敦さん。千葉真一さんの血を受け継ぎ、スタントもこなすアクション俳優になりそうですね。

そのままロサンゼルスの中学校に入学したのですが、両親が離婚することとなり、日本に帰国します。

アメリカの小学校は5年制なので、1年半早く中学校に入学することになったようですね。

中学校卒業後は、岡山明誠学院高等学校に進学しました。

この高校は、吹奏楽部の強豪として大変有名な学校です。眞栄田郷敦さんはプロのサックス奏者を目指していたので、この高校を選んだそうです。

眞栄田郷敦さんは、東京藝術大学に入学するべく、明誠学院高校の「特別芸術コース(偏差値:40)」を選びました。

この学校は私立の男女共学高校で、ほかにも「保育・福祉」「新情報」「進学総合」「特別進学」といったコースがあります。

東京藝術大学に入り、プロを目指すため、実家から離れて岡山の学校に進学を決めたのですね。

吹奏楽部に入部した眞栄田郷敦さんは、部活に精を出しながらも、大学受験対策を頑張っていたそうですよ。

出身の京都市立修学院中学校も、吹奏楽部が関西大会で金賞を受賞するほどの強豪校だったそうです。

眞栄田郷敦さんは、中学3年生で部長を務めるほどの、サックスの腕前でした。

プロのソリストになるため、明誠学院高等学校の寮に入り、1日中サックス漬けの日々を過ごしたそうです。

3年生のときには、全国大会で銅賞を受賞したという輝かしいエピソードもあります。

卒業式前日のリハーサルに行く途中で骨折して、それはそのまま出たんですけど、折れてるって知らなくて。まあ、人生初めての骨折でした。右のくるぶしを剥離骨折。
NYLON JAPANより引用

高校の卒業式前日に、人生初の骨折をしたという心配なエピソードもありました。

結局、大学の受験だったので、卒業式には出席できなかったそうです。しかし、東京藝術大学には不合格となってしまいます。

中学2年生の頃から東京藝術大学への進学を考えていました。でも受験した結果、不合格になってしまって、その時考えていたのが『(今の)自分にはサックス、音楽しかない』ということ。だから、もっと幅広く、色んな“芸”を磨きたいという気持ちが芽生えたんです。
NYLON JAPANより引用

大学受験に失敗したことで、俳優を志し、上京して父の千葉真一さんに演技指導を受けます。

父の家には、トレーニングルーム兼スタジオがあり、そこで一緒に住んでスタントも指導を受けたそうです。

眞栄田郷敦の高校時代の画像はある?

眞栄田郷敦さんの高校時代を見ていきましょう。

実は2017年11月25日放送の『響け!吹奏楽の甲子園 第65回全日本吹奏楽コンクール 全国大会 高校の部』で、インタビューを受けていた眞栄田郷敦さん。

この大会で銅賞に輝いたため、部長をつとめていた眞栄田郷敦さんにお声がかかったのですね。

当時から端正なルックスをしており、かなりのイケメンっぷりですね!

明誠学院高校は吹奏楽が名門で、全日本吹奏楽コンクール全国大会の常連です。

当時はプロのソリストを目指していたので、サックス以外にも、オーケストラを観に行き感性を磨いていたそうです。

24時間365日、音楽のことで頭がいっぱいだったそうですよ。

京都の実家を離れて寮に入っていたので、身の回りのことも自分でこなしていたわけですね。

「吹奏楽の甲子園」とも呼ばれる全日本吹奏楽コンクールの常連高校で、部長を務めていますから、眞栄田郷敦さんの実力は郡を抜いていたのでしょうね。




眞栄田郷敦の高校時代のモテエピソードがやばかった!

とても輝かしい経歴の持ち主だった、眞栄田郷敦さん。

イケメンで強豪吹奏楽部の部長、というハイスペック男子だった眞栄田郷敦さん。

当然女性からもモテモテで、ファンクラブが開設されるほどでした。

高校では吹奏楽部のアルトサックスを担当し、花形の部活でエースだった眞栄田郷敦さん。

周りが思わず見とれてしまうほどのイケメンっぷりで、常にファンの女性が練習を見に来ていたそうです。

コンクール会場では、他校の生徒も眞栄田郷敦さんを目当てに、わざわざ見に来ていたそうですよ。

眞栄田郷敦さんは24時間音楽漬けだったので、あまり女性に興味が無かったみたいですね。



まとめ

今回は、眞栄田郷敦さんが岡山県の高校へ進学した理由について、紹介しました。

プロのサックス奏者を目指していたため、親元を離れて岡山の高校に進学したようです。

高校時代は部長をつとめ、全国大会で銅賞を獲得するなど、輝かしい実績を残しています。

これからの活躍にも注目ですね。最後まで御覧いただきありがとうございました。