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【訃報】兼高かおるの死因は心不全!お別れの会はいつどこで?

兼高かおる

「兼高かおる世界の旅」で知られる兼高かおるさんの訃報が報道され悲しみの声が上がっています。

90歳でした。

葬儀告別式はすでに親族で行われており、後日「お別れの会」が行われるそうです。

場所や日程についてまとめてみました。

兼高かおるさんが死去 死因は?

兼高かおるさんがなくなった理由は、「心不全」と報道されています。

心不全とは、簡単に言うと心臓が働くなる状態のこと。

兼高かおるさんは90歳とかなり高齢ではありましたので、様々な要因が重なり、最終的に心不全に陥ることは多いです。

老衰というのも、いわゆる心不全の状態であると言えます。

大きな病気だった、というような報道もありませんでしたし、安らかに眠りにつかれたのではないかと思います。

兼高かおるさんが死去、お別れの会はいつどこで行われる?

 

すでに葬儀告別式は親族で行われていて、後日お別れの日が行われるそうです。

日程や場所などはまだ発表されていませんので、情報が入り次第こちらにも追記してきたいと思います。

 

兼高かおるさんが死去、追悼の声が多数!

兼高かおるさんと交流のあった黒柳徹子さんからのメッセージ

兼高かおるさんの、香蘭女学校の後輩にあたる黒柳徹子さんがコメントを発表しました。

なんと悲しいニュースでしょう。

兼高さんは、大変に美しい方で、私の女学校の先輩でしたが、バザーなどで、卒業した兼高さんがいらっしゃる事がわかると、私たち在校生は、門から一列に並んで、キャーキャー言いながらお迎えをしたくらいの、私たちにとって大スターでした。

その後、テレビの「兼高かおる世界の旅」をお始めになり、まず、外国へ行くことの楽しさ、その国々の色々な習慣や違った文化、そんな中に、兼高さんはどんどん入っていらして、現地の人たちと交流していらっしゃいました。のちに、私はユニセフの親善大使になりましたが、行く先々で兼高さんの事を思い出していました。ドキュメンタリーをきりひらいた先駆者、兼高かおるさん、私たちに与えた影響は凄く大きいものがありました、心から感謝をしています、本当に本当に、お疲れ様でした。

そして、ありがとうございました。 黒柳徹子

黒柳徹子さんと兼高かおるさんは女学校時代から交流があったんですね!

兼高かおる世界の旅って?

若い方は知らない方も多いと思いますが

「兼高かおる世界の旅」は、1959年12月13日から1990年9月30日にかけて30年10か月の間、TBS系列局で主に毎週日曜日朝に放送された紀行番組です。

兼高かおるさんが、ディレクター、プロデューサー、レポーター、ナレーター、そして時にはカメラマンすべてを兼ね、世界各地160か国を取材した映像を放送していました。

当時は世界を旅するような番組は他になかったので、この番組を見て海外に憧れた人がとても多かったのです。

名ナレーター芥川隆行さんとのやりとりが軽妙で、兼高かおるさんの「ざーますのよ」の言葉が素敵でした!

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まとめ

兼高かおるさんといえば、TBS系で放送されていた「兼高かおる世界の旅」を思い出します。

懐かしいですね!

日曜の朝にこの番組を見ていた人も多いのではないでしょうか。

この番組で海外に憧れた人も多く、実際に海外で活躍している人もいるかも知れませんね!

ご冥福をお祈りします。

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